聖書ブログ

聖書のことを中心に書かせていただきます。引用は新改訳聖書第二版です。よろしくお願いいたします。

サラの忍耐

<サラの一生、サラが生きた年数は百二十七年であった。
サラはカナンの地のキルヤテ・アルバ、今日のヘブロンで死んだ。
アブラハムは来てサラのために嘆き、泣いた。(創23:1、2)>

クリスチャンであればご存知の方も多いであろう。サラはアブラハムの妻である。
美しい女性だったと聖書は伝えている。
そして、大変苦労した女性でもある。
アブラハムは信仰の偉大な人と言われるが、問題のある人でもあった。
イスラエルを飢饉が襲ったとき、やむをえずエジプトに下るのであるが、その時、一度ならず二度までも、自分が助かるために敵に妻を差し出すという愚行に及んでいる。

<「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということを私は知っている。
エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。
どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生きのびるだろう。」(創12:11~13)>

世の女性たち全員を敵にまわすような言葉である。
サラはどれほど失望したことだろう。
確かにサラはアブラハムの腹違いの妹でもあるので、アブラハムは嘘をついているわけではないが、そういうことではない。
そうしてエジプトの王に、サラを差し出してしまった。
サラは身を呈してアブラハムを守った。
ここにイエスキリストの十字架が見える。
わざわざ言うまでもないことだが、今日の女性たちがサラにならって、何かの折に身体を差し出す必要はない。時代も置かれている状況もまるで違う。
ただ、自己犠牲の精神については、男女問わずイエスキリストから学ぶべきだろう。

さて、極めつけは、老年になってようやく与えられた一人息子のイサクをモリヤの山上で屠ろうとしたことだろう。
もちろん信仰から出たことであるから、聖書では高く評価されているが、サラは、どんな気持ちだっただろう。
サラはアブラハムと神のやり取りをおそらく知らない。
「夫はどうかしてる。もうついていけない。」と思ったとしても不思議ではない。
だからもしかすると、アブラハムとサラは、晩年、別居していてもおかしくはない。

そう思わせるのが、冒頭の御言葉である。
<アブラハムは来て>とある。
これは一緒にいなかったことを暗示していないだろうか。
新共同訳聖書でも口語訳聖書でも「来て」とは訳されていないので、これは新改訳聖書のみの訳語であるが、とても気になる表現ではある。
そして冒頭の聖句の直前は、息子イサクを屠ろうとしたモリヤの山上での出来事が記されている。
イサクを屠ろうとしたと聞いて、ついにサラは堪忍袋の緒が切れてしまったのではないか。そうして夫から離れ、ヘブロンに住んだようにも読める。
一方アブラハムはベエル・シェバに住みついたとあるから、そこからヘブロンのサラのところに来てサラを葬ったのではないか。
想像をたくましくしてしまったが、もしそうだとすると、聖書はサラの別居騒動を表立って伝えず、また咎めなかったことになる。
十分に同情の余地があると聖書は考えたのだろう。
また、別居はしておらず最後までアブラハムに付き従ったとしても、モリヤの出来事は強烈なストレスであったに違いない。

聖書は、新約の時代に至って、サラを敬虔な夫人の代表格のように評価している。
<むかし神に望みを置いた敬虔な婦人たちも、このように自分を飾って、夫に従ったのです。たとえばサラも、アブラハムを主と呼んで彼に従いました。(Ⅰペテロ3:5、6)>

また、サラは、女性で唯一、聖書に年齢が記されている人物である。
聖書はサラが天寿をまっとうしたと伝えている。
偉大な働き人の影には計り知れない妻の忍耐がある。
神は、そのことを決して見落としたりしない。
聖書といういのちの書に、その名とその働きを記してくださる。